日中ソフトウエア協力におけるいくつかの関心事と重要課題についての検討

−日中間でのソフトウエア開発における工程、及び品質管理の留意すべき視点と課題−  

大連永佳電子技術有限公司

菫事長・総経理 李 世英  

私は、最近、日本経済新聞社が発 行している「日経システム・プロバイダー」の今年の3月1日号をみる機会がありました。そのなかで「中国でのソフト開発成功法」という題で、中国とのソフ トウエア開発業務の進め方についての事例紹介をし、日中の文化や生活慣習の違いに留意すべきだとの指摘をしているのをみました。 

一般的に見た日中間に横たわる障壁  

これは、日中双方、それぞれが自分たちにとって管理し易い方法を採用し、プ ロジェクトを管理し、推進しようとすることで、ますます、成果物の検収、障害報告のフィードバック、障害対応、そしてプロジェクト成立・終了にからんでの ドキュメント管理、つまり、技術資料・技術情報の受渡しやセキュリティ、メンンテナンス/アフターケアで、日中間での取り組み方にギャップ、つまり障壁が 見られるということの指摘にほかなりません。  

中国では、こうしたギャップ、つまり障壁に加えて、スタッフのスキル、資 質、学歴・職歴、就業形態などがかかわって、この要請に応じるのに、中国側はいろいろな要因を考慮する必要が出てきて、本来の開発業務以外に、これらの付 帯的日本の要請に追われてしまうことが多々あります。  

ですから、中国側にとっては、納品物の品質と納期が守れるなら、その他は自 分達で裁量できるように許容範囲が大きい方がいいのですが、それでは、日本側にはあいまいすぎると受け取られる傾向にあるようです。そのため、プロジェク トの途中で、本来あるべきの開発技術の質疑でなく、運用とか管理での日中間での考え方や取り組み方について再確認するような会議や打ち合わせが多くなって しまうようです。  

そのために、本来議論すべき「目的」と、その目的を達成する為の「手段」が混同されて議論がなされ、時によっては、「手段」であるべきものが議論の中心になってしまいます。  

これは、とりもなおさず日中間でのソフトウェア開発での協力の歴史が浅く、日本の皆さんから見て中国側がいまいち信用できていない、裏返せば中国側が自分たちの開発工程や管理手法を日本側に十分説明できていないことによるものと感じます。  

障壁の解消の試みと実践  

ここに御来席の皆様には、多いにご関心があるかと思いますので、これまでの経験を通じて感じたことを交えながら、以下、我々の試み・実践してきたことをご紹介させていただきます。  

(基本的な考え方)

まず、私は、中国側開発技術者の個々人の行動意識と能力を統合して、いかに 組織生産性を維持するかが大事な経営管理項目のひとつと考えています。これについて会社を設立したときからずーと試行錯誤し、その結果、日本でいえば「和 魂洋才」、中国でいえば「洋為中用」を実践してみることになったわけです。分かり易く言えば「国際化」です。少なくとも、会場の皆さんが考えていらっしゃ るのと同じように、仕事をしていくのに支障のないように「文化の翻訳」ができるようにするという発想には違いありません。  

しかし、私は、「共通の言葉を取得する」ということに力点を置かずに、会社 の外にいるお客様からみても、会社の中で仕事をしている人たちからみても違和感のない2つの文化のインターフェイスとコンバージョンの仕組みを創る、とい うことに力点を置いて、レンガをひとつずつ積み重ねるように、時間を掛けて研究・実践してまいりました。  

(経験1:社内管理の本土化と仕事の折衝窓口の日本化)

私の会社は,経営管理は中国固有のシステムをそのまま採用しています。それと同時に、日本の仕事に対応できるよう窓口は完璧に日本化された組織を作っています。これが、私の会社での、日中合作を行う場合の「究極の選択の鍵」とみなしているものです。  

日本での常識・習慣が中国ではそのまま通じるとは限らないとよく言われます が、これは中国の国民性、つまり中国企業で働く従業員固有の国民的気質によるものです。中国に限らず、日本やその他の国でもそれぞれの国民性を反映しなが ら管理がなされていると思います。中国でも中国企業なりに、会社の発展経過やそこで働く人々の趣味や収入について配慮しなければならない面が多々ありま す。  

中国では、たとえば、収入、ひとつを取ってみても、同じ会社の中でも十倍近 く違うくらい、さまざまです。そこで、従業員の個々の個性などをよく見ながら激励するなどしなくてはなりません。やはり、中国では中国固有の管理様式を実 践・適用しますと、個々の従業員の文化的基礎をもとに潜在的な能力開発がし易く、業務効率が向上するようです。  

私の会社のお客様は設立当初から日本の会社であり、市場は日本だったので、 仕事の窓口は完璧に日本化したのです。お客様の立場から見ると、私の会社は、請負業務上の必要性ばかりでなく、プロジェクト推進の途上での情報交換、意思 疎通や納品時のマニュアル作成など、すべて日本国内で仕事をしているのと同じ方法で、お客様の要請に応える必要性がありました。  

中国語と日本語という言葉の問題だけではありません。日本のお客様の仕事の 進め方や習慣というものを徹底的に学ぶ必要がありました。日本の職場文化を理解しようとしたわけです。日本の同業者の持つ文化には共通性もありますが、そ れぞれ個性もあります。企業が違えば、それぞれに社風が違います。同じ企業であっても担当者によって、仕事の進め方や考え方が違います。また職場慣習も違 います。お客様に違和感を感じさせないように、お客様のお持ちの商慣習を了解し受け入れることに努めました。  

私の会社では、日本と中国との間 の仕事の窓口となる組織をQA課と呼んでいます。この組織はプログラムのインターフェイスに相当すると言ってよいでしょう。当事者双方にとって、まず、意 思疎通のためのコミュニケーション手続を設定することは非常に大事であると感じています。 

(経験2:技術分野の専業化)

私の会社のような小さな会社では、どうしても、準備領域を極小化し、成果領域を極大化しなければ喰っていけなくなりますから、技術力の先端化を目指し、同業他社との差別化と組織生産性の向上がどうしたらできるかということが切実な経営課題となります。 

当然、開発部門の人たちの採用も育成も、すべて、その活用技術が主となって います。個々の技術者の技術レベルが関心のまとになっており、実際、業務での仕事の能力の高さが評価されます。日本語の運用能力がある技術者というのは、 特に求めていません。開発部門では特長のある技術的な発展が重視されていますし、会社そのものも、自社技術の特長を活かすことを重要視しています。なんで もできるというのは特長がなく、なにもできないのと同じことと思っています。  

私は、会社に専門的技術力があれば自ずと発展すると思っていますから、利益だけの割の良い仕事でなくても、一向、かまわないのです。  

(経験3:ABCバランス)  

一般に、プロジェクトの難易度と管理の難易度が高いと、会社の利潤率は低くなると言われています。あまり単純な仕事であれば、経営の面から見てよい場合でも、技術者が優秀であればあるほど、仕事の動機付けが悪くなり、従業員の定着率が悪くなる原因のひとつになります。  

日本のみなさまにも注目してもらいたいのですが、中国での業務提携はコストの低減と同時に、充分に豊富な優秀な人的資源の活用にあります。決して、安さ、便利さだけではないはずです。  

ですから、日本の会社は業務提携 の際に、契約単価だけを基準とせずに、技術的なレベルやその特長にも目を向けて欲しいと思っています。プロジェクトの技術方向に合わせた、即ち共通のベク トルを持ち、かつお互いにとってより効果的で補完しあえるような業務提携をするのが良いのではないでしょうか? 

(経験4:仕様書理解の言語:Japanese−Chinese)

私の会社では、プロジェクトの管理をする際に、私たち独自の言語を使ってい ます。これは、長いこと仕事をやっている中から産まれてきた私たちの社内言語です。文化背景が異なりますので、仕様書の内容を一対一で置き換えていくのは 無理があって、日本語で書かれた内容を正確に伝えることができない場合があります。そのため、Japanese−Chinese言語ともいうべき社内言語 を使って、仕様の説明をしています。  

仕様書は技術向け日本語で書かれていますから、一般的な記述は名詞とその論理的な説明から構成されているとみなして、我々は日本語と中国語を混合した方式で仕様内容を解析しています。  

つまり、日本語の原文中のキー ワードをほとんど名詞です。また、日本語の原文で出てくる技術用語はほとんど外来語と言われている語ですから、すべて英文で表記にします。ここに、日本と 中国との2つの国の漢字文化の良さ、意思疎通での効率が最大限に活かされます。論理の流れは、日本語の原文のそばに、中国語で補足説明して示します。この ようなJapanese−Chinese言語とUMLを使用して、原文を最大限に忠実に理解し、誤解や勘違いを避けています。 

日本の場合は、外来語は日 本語に直さずにカタカナで表記し、そのまま言葉を受け入れる文化があります。日本語に直さないため、日本語の既存の概念にとらわれずに、言葉本来の概念を 受け入れ易いという便利な面があります。一方、中国の文化はカタカナは無いため、全て漢字で新しい言葉を作り、原語に当てはめます。  

本来、外来語の理解には原語を使うのが一番の道理ですから、この辺をご理解いただければ、当社の取り組みをご理解いただけると思います。 

(経験5:品質の保証にコストが要る)

プロジェクトがうまく進行すれば、品質の高い仕事を保証できるわけですか ら、開発中の案件に対して、厳格に完璧に検査を実施する必要性があります。品質保証のために、ISO9000などの国際標準に従って検査をするとなると、 当然、コストが生じます。適切な検査実施に必須のコストを引き下げてまで、顧客を取ろうという事が中国側の一部の会社には見られることがありますが、最終 的には、自分の首を締める結果になると思います。  

IT事業で、安易に価格競争で顧客を勝ち取るべきでは無いと確信しております。会社は、それぞれの事業活動を通じて、合理的な利益追求をします。  

私たちの会社は中国国内で事業活動をしていますから、中国の物価構造に合わ せて、企業運営のコストをもとに、開発単価を合理的にはじきだすことが、大変、大事です。合理的に算出した価格であれば、お客様に納得していただける仕事 ができるし、同業他社の間での価格競争も納得のいくものとなります。  

日本のお客様も、品質維持にかかるコストまでカットしようとは言わない筈です。  

新たな日中協力の確立・展開を目指して  

会社の設立経緯や開発経歴はさまざまですので、それぞれの会社で独自の視点 をお持ちでしょうが、会場の皆様にはすでにここまでのお話でお分かりいただいたと思いますが、私には、お客様の意図を正しく翻訳して方策と対策を講じてゆ くのが、日中企業間の協力関係を確立してゆく第一歩であり、かつそのための近道であると思っております。  

そして同時に、中国は、去年、WTOに加入したことから、否応なく国際化に対応する経営への意識改革の機運が高まっていますが、この機運は自己改革とでも言ったほうがよいかもしれませんが、私には、これは経営の合理性と組織の生産性の追求であるように見えます。  

これを機に日本の皆様にとっても、我々とより良いパートナシップを築ける環境が整ったと思っております。  

持ち時間が少なくなってまいりましたので、ちょっと、哲学的な言い方での締め括りとなってしまいましたが、お許しをいただき、私のお話を終わらせていただくことにいたします。  

                以上