

町人学者
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富永仲基(とみながなかもと) |
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1715〜1746 |
江戸中期の大坂の思想史家。懐徳堂を創建した五同志の一人である道明寺屋吉左衛門(どうみょうじやきちざえもん)(富永芳春)の三男。三宅石庵(みやけせきあん)に学びました。
儒家思想を歴史的に批判した『説蔽』(せつへい)(亡佚)を若くして著述。そのために石庵に破門されたといわれますが、事実かどうかは不明です。後に仏
教研究に取り組み、その成果を『出定後語』(しゅつじょうこうご)にまとめました。また『翁の文』(おきなのふみ)を著し、日本においては神仏儒の三教と
は別の「誠の道」を尊ぶべきことを説きました。その学問は、思想の展開と歴史・言語・民俗との関連に注目した独創的なもので、後発の学説は必ず先発の学説
よりもさかのぼってより古い時代に起源を求めることを指摘した「加上説」(かじょうせつ)が有名です。

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