紫式部日記(一)
紫式部
正月一日、坎日なりければ、若宮の御戴餅のこと停まりぬ。三日ぞまうのぼらせ給ふ。ことしの御まかなひは大納言の君。さうぞく、朔日の日は紅 葡萄染、唐衣は赤いろ、地摺の裳。二日、紅梅の織物、掻練は濃き青いろの唐衣。色摺りの裳。三日は、唐綾の櫻がさね、唐衣は蘇枋の織物。掻練は濃きを着る日は紅はなかに、紅を着る日は濃きをなかになど、例のことなり。萌黄 蘇枋 山吹の濃き薄き 紅梅 薄色など、つねの色々をひとたびに六つばかりと、表着とぞ、いとさまよきほどにさぶらふ。
宰相の君の、御佩刀とりて、殿のいただき奉らせ給へるにつづきて、まう上り給ふ。紅の三重五重、三重五重とまぜつつ、おなじ色のうちたる七重に、ひとへを縫ひかさね、かさねまぜつつ、上におなじ色の固紋の五重、袿、葡萄染の浮紋のかたぎの紋を織りたる、縫ひざまさへかどかどし。三重がさねの裳、赤いろの唐衣、ひとへの紋を織りて、しざまもいと唐めいたり。いとをかしげに髪などもつねよりつくろひまして、やうだいもてなし、らうらうしくをかし。丈だちよきほどに、ふくらかなる人の、顔いとこまかに、にほひをかしげなり。
大納言の君は、いとささやかに、小しとふべきかたなる人の、白ううつくしげに、つぶつぶとこえたるが、うはべはいとそびやかに、髪、たけに三寸ばかりあまりたる裾つき、髪ざしなどぞ、すべて似るものなくこまかにうつくしき。顔もいとらうらうしく、もてなしなど、らうたげになよびかなり。
宣旨の君は、ささやけ人の、いとほそやかにそびえて、髪のすぢこまかにきよらにて、生ひさがりのすゑより一尺ばかりあまり給ヘリ。いと心はづかしげに、きはもなくあてなるさまし給ヘリ。物よりさし歩みて出でおはしたるも、わづらはしう心づかひせらるる心地す。あてなる人はかうこそあらめと、心ざまものうちのたまへるも、おぼゆ。
この次に、人のかたちを語りきこえさせば、物いひさがなくや侍るべき。ただいまをや。さしあたりたる人のことは、わづらはし、いかにぞやなど、すこしもかたほなるは、いひ侍らじ。
宰相の君は、北野の三位のよ、ふくらかに、いとやうだいこまめかしう、かどかどしきかたちしたる人の、うち見たるよりも、見もてゆくにこよなくうちまさり、らうらうしくて、口つきに、はづかしげさも、にほやかなることも添ひたり。もてなしいとびびしく、はなやかにぞ見え給へる。心ざまもいとめやすく、心うつくしきものから、またいとはづかしきところ添ひたり。
小少将の君は、そこはかとなくあてになまめかしう、二月ばかりのしだり柳のさましたり。やうだいいとうつくしげに、もてなし心にくく、心ばへなども、わが心とは思ひとるかたもなきやうに物づつみをし、いと世をはぢらひ、あまり見ぐるしきまで兒めい給ヘリ。腹きたなき人、惡しざまにもてなしいひつくる人あらば、やがてそれに思ひ入りて、身をも失ひつべく、あえかにわりなきところつい給へるぞ、あまりうしろめたげなる。
宮の内侍ぞ、またいときよげなる人。たけだちいとよきほどなるが、ゐたるさま、姿つき、いとものものしくいまめいたるやうだいにて、こまかに、とりたててをかしげとも見えぬものから、いとものきよげにうひうひしく、なか高き顔して、色のあはひ白きなど、人にすぐれたり。頭つき かんざし 額つきなどぞ、あなものきよげと見えて、はなやかに愛敬づきたる。ただありにもてなして、心ざまなどもめやすく、つゆばかりいづかたざまにも後めたいかたなく、すべてさこそあらめと、人のためにしつべき人がらなり。えんがりよしめくかたはなし。
式部のおもとはおとうとなり。いとふくらけさ過ぎて肥えたる人の、色いと白くにほひて、顔ぞいとこまかによしばめる。髪もいみじくうるはしくて、長くはあらざるべし。つくろひたるわざして宮にはまゐる。ふとりたるやうだいのいとをかしげにも侍りしかな。まみ 額つきなど、まことにきよげなる。うち笑みたる、愛敬もおほかり。
若人のなかにかたちよしと思へるは、小大輔 源式部。小大輔はささやかなる人の、やうだいいといまめかしきさまして、髪うるはしく、もとはいとこちたくて、丈に一尺よ餘りたりけるを、おち細りて侍り。かおもかどかどしう、あなをかしの人やとぞ見えて侍る。かたちは直すべきところなし。源式部は、丈よきほどにそびやかなるほどにて、顔こまやかに、見るままにいとをかしく、らうたげなるけはひ、ものきよくかはらかに、人のむすめとおぼゆるさましたり。
小兵衛小貳なども、いときよげに侍り。それらは、殿上人の見のこす少なかなり。誰も、とりはずしてはかくれなけれど、人ぐまをも用意するに、かくれてぞ侍るかし。
宮木の侍従こそいとこまやかにをかしげなりし人。いと小さくほそく、なほ童にてあらせまほしきさまを、心と老いつき、やつしてやみ侍りにし。髪の、袿にすこしあまりて、末をいとはなやかにそぎてまゐり侍りしぞ、はてのたびなりける。顔もいとよかりき。
五節の辨といふ人侍り。平中納言の、むすめにしてかしづくと聞き侍りし人。繪にかいたる顔して、額いたうはれたる人の、まじりいたうひきて、顔もここはと見ゆるところなく、いと白う、手つき腕つきいとをかしげに、髪は見はじめ侍りし春は、丈に一尺ばかり餘りて、こちたくおほかりげなりしが、あさましう分けたるやうに落ちて、すそもさすがにほそらず、長さはすこし餘りて侍るめり。
小馬といふ人、髪いと長く侍りし。むかしはよき若人、いまは琴柱に膠さすようにてこそ里居して侍るなれ。
かういひいひて、心ばせぞかたう侍るかし。それも、とりどりに、いとわろきもなし。またすぐれてをかしう、心おもく、かど ゆゑも、よしも、うしろやすさも、みな具することはかたし。さまざま、いづれをかとるべきとおぼゆるぞおほく侍る。さもけしからずも侍ることどもかな。
齋院に、中將の君といふ人侍るなり。聞き侍るたよりありて、人のもとに書きかはしたる文を、みそかに人とりて見せ侍りし。いとこそ艶に、われのみ世にはもののゆゑ知り、心深き、たぐひはあらじ、すべて世の人は心も肝もなきように思ひて侍るべかめる。見侍りしに、すずろに心やましう、おほやけばらとかよからぬ人のいふやうに、にくくこそ思う給へられしか。文書きにもあれ、「歌などのをかしからむは、わが院よりほかに誰か見知り給ふ人のあらむ。世にをかしき人の生ひいでば、わが院こそ御覧じ知るべけれ」などぞ侍る。げにことわりなれど、わがかたざまのことをさしもいはば、齋院よりいできたる歌の、すぐれてよしと見ゆるもことに侍らず。ただいとをかしう、よしよししうはおはすべかめる所のやうなり。さぶらふ人をくらべていどまむには、この見給ふるわたりの人に、かならずしもかれはまさらじを、つねに入りたちて見る人もなし、をかしき夕月夜、ゆゑある有明、花のたより、時鳥のたづねどころにまゐりたれば、院はいと御心のゆゑおはして、所のさまはいと世はなれかんさびたり。またまぎるることもなし。うへにまうのぼらせ給ふ。もしは殿なむまゐり給ふ。御とのゐなるなど、ものさわがしきをりもまじらず、もてつけ、おのづから知りこのむ所となりぬれば、艶なることどもをつくさむなかに、なにの奥なきいひすぐしをかはし侍らむ。かういと埋れ木を折り入れたる心ばせにて、かの院にまじらひ侍れば、そこにて知らぬ男に出であひ、ものいふとも、人の奥なき名をいひおほすべきならずなど、心ゆるがしておのづからなまめきならひ侍りなむをや。
まして若き人の、かたちにつけて、としのよはひに、つつましきことなきが、おのおのの心に入りて、けさうだち、物をもいはむとこのみたちたらむは、こよなう人に劣るも侍るまじ。
されど、内わたりにて、明け暮れ見ならし、きしろひ給ふ女御 后おはせず、その御かた、かの細殿と、いひならぶる御あたりもなく、をとこも女も、いどましきこともなきにうちとけ、宮のやうとして、色めかしきをば、いとあはあはしとおぼしめいたれば、すこしよろしからむと思ふ人は、おぼろけにて出でゐ侍らず。心やすく、もの恥ぢせず、とあらむかからむの名をも惜しまぬ人、はたことなる心ばせのぶるもなくやは。たださやうの人のやすきままに、たちよりてうち語らへば、中宮の人うもれたり。もしは用意なしなどもいひ侍るなるべし。上臈中臈のほどぞ、あまりひき入りざうずめきてのみ侍るめる。さのみして、宮の御ため、もののかざりにはあらず、見ぐるしとも見侍り。
これらを、かくえりて侍るやうなれど、人はみなとりどりにて、こよなう劣りまさることも侍らず。そのこと敏ければ、かのことおくれなどぞ侍るめるかし。されど、若人だに重りかならむとまめだち侍るめる世に、見ぐるしうざれ侍らむも、いとかたはならむ。ただおほかたを、いとかく情なからずもがなと見侍る。
さるは、宮の御心あかぬところなく、らうらうしく心にくくおはしますものを、あまり物づつみせさせ給へる御心に、何ともいひ出でじ、いひ出でたらむも、後やすく恥なき人は、世にかたいものとおぼしならひたり。げに、物のをりなど、なかなかなることしいでたる、おくれたるには劣りたるわざなりかし。ことにふかき用意なき人の、所につけてわれは顔なるが、なまひがひがしきことも、物のをりにいひだしたりけるを、まだいとをさなきほどにおはしまして、世になうかたはなりと聞こしめしおぼししみにければ、ただことなる咎なくて過ぐすを、ただめやすきことにおぼしたる御けしきに、うち兒めいたる人のむすめどもはみないとようかなひきこえさせたるほどに、かくならひにけるとぞ心えて侍る。