ヨーク大学日本語科二学年読解・会話教材
AS/JP2000 6.0 Reading Comprehension and Dialogue
Lesson 35: Touche 2
第35課「一本取られた(その2)」
学生時代に付き合ったり、知り合いになった中国人、韓国人、ベトナム人、タイ人などアジアの女性は、個性的で、本当に男の扱い方を知っているなと感心させられる女性ばかりであった。最大の魅力は、彼女達の変わり身であろうか。これは、日本人の女子学生によくする話であるが、自分の観察と偏見では(しかられそうなのではっきり断っておくが)、日本人女性は、着るものも、装身具も、化粧の仕方もみんな同じようで、個性的でないことと、いつも同じで変化に乏しいことが問題である。いくら美人でも、毎日毎日同じのを見ていたら、飽きが来るのは当然である。この点、アジアの女性には常に新鮮さを保とうとする努力が見られる。
また香港の彼女の話に戻るが、実は、私は、初めから彼女に興味を持っていた訳ではなく、別の中国人の女性にひかれていたのである。グループで色々活動をしていて知り合いになった女性であるが、よくあるケースで、周りから、「何とかさんは君のことが好きだぞ」などとおだてられて、こちらもその気になったのであるが、彼女の場合も非常に大人で、こちらが、意を決して告白すると、「私も太田さんが好きだけれど、もうすぐ卒業して香港に帰ってしまうので時間がない」というようにこちらの気持ちを傷つけないように断られた。それは嘘ではなかったが、後で分かったことは、彼女にはアメリカ人のボーイフレンドだかフィアンセがいたらしい。ここで軽い失恋。
それから、しばらく経って、ある日ふと気が付くと、もう一人の中国人女子学生が、いつも私の側にいたのである。グループで出かけたりしている仲間に入っていたのだが、それまでは、全く興味もなく見向きもしていなかった女性である。付き合うようになって、後で彼女から「ひどい人だった」となじられたことがあるが、帰りが遅くなった時などは、私の男の友人に彼女を寮まで送ってもらったりしたほど、全く関心がなかったのだが、こちらの心の隙間にすっと入ってきた。
彼女が好意を持っていてくれることは分かったが、なかなか意思表示が出来ないでいると、私の誕生日にメール・ボックスに彼女からの手作りのカードとプレゼントが入っていた。カードには切りぬいた四つ葉のクローバー、これが愛情のシンボルであることは後で知ったが、私の歳の数だけ貼られてあり、書かれている言葉は、「太田さんに会えて自分は本当に幸せです。」私は、これで有頂天、早速初めてのデートに彼女を誘った。当時、イギリスの劇団が日本で、チャールズ・ディケンズの「オリバー・トゥイスト」を上演していたので、それに誘うと非常に喜んでくれた。場所は確か銀座の飯野ホールだったと思うが、私も少しいい格好をして彼女の寮に迎えに行った。出てきた彼女を見て、びっくり。それまでは、化粧っ気の全くない、飾らない女性であったのが、薄化粧をして、イヤリングをつけ、自分で作った長いスリットのある中国風のドレスを着て出てきたのである。すごい変身で、まったく見違えてしまった。飯野ホールに着いて、ドアを開けて中に入ると、その辺にいた男性諸君が一斉に彼女の方を見たほどエキゾティックで素敵であった。こちらも鼻高々。ざまを見ろである。
ところが、翌日の月曜日に会うと、またお化粧っ気の全くない普通の女の子に早変わりなのである。この落差は、それ以後も何とも言えず魅力的であった。
もう一つ感心させられたことは、いつも緊張感を保つ努力をしていることであろうか。初めに会った時から私のことが好きだった、いつか自分の方を向いてくれるだろうと思っていたと言われて、彼女の一途な気持ちがうれしかった。ところが、付き合ってからしばらくたって、こちらが彼女はもう自分のものだと思っていると、ある日デートの時に、先週の週末は、だれだれさんと映画を見に行ったなどと言うのである。もちろんこのだれだれさんは男性である。こちらもびっくりして、嫉妬を感じたり、心配させられたりしたが、彼女の態度には全く変化がないので、大分後になって、何であんなことを言ったのか聞くと、「太田さんに安く思われたくなかったから」という答えが返ってきた。向こうから好きになった弱みがありながら、自尊心を保とうとしたらしい。長く付き合っていると、何でも当たり前になりがちであるが、そこに新鮮な風を吹き込んでくれるような行為が、さりげなくできるというのは、すごい。では、いつもこのようにクールかというと、そうではなく、こちらに本当に心配させない心遣いも、真摯で、情熱的な態度で示してくれる。これで、馴れ合いの関係でない、付かず離れずの緊張関係が持続できたように思う。ここでも、また一本取られたと思った。
彼女は、夏休みに香港に帰る時に船を選んだのだが、横浜に送って行く途中、電車の中で、「もう一生会えないかもしれない」と言って ぼろぼろ泣くのである。周りにいた日本人はどう思ったか分からないが、こんなに感情を素直に出せるのは、うらやましいと思ったほどである。
私たちは、大学始まって以来初めての中国人女子学生と日本人男子学生のカップルということで、私たち二人は、中国人の教授から、呼び出されて、真面目に付き合っているのかなどと詰問されたので、元々鼻っ柱の強い私は、頭に来て、「先生には関係ないことでしょう」と答えたが、これは四十年前の話である。当時は、中国側では、まだ、第二次大戦の記憶も薄れておらず、彼女から真顔で、「もし日本と中国がまた戦争をしたら、あなたはどうする」と聞かれてびっくりしたが、香港に帰って、父親から、戦争中におばさんが二人日本軍に殺された話を聞き、「もしこの若い日本人と結婚するなら、勘当する」と言われたとのこと。日本に戻って来て、十日ほどいっしょに過ごしたが、結局、彼女は私との結婚をあきらめたらしく、カリフォルニア大学に転校して行ってしまった。こちらは初めて結婚しようと思った相手なので、彼女に置いてきぼりにされて、大失恋の痛手を受けた。それでも、彼女との恋愛経験を通じて、異文化間コミュニケーションにおける交際に関してずいぶん勉強になった。皆さんにも、大いに恋をして、異文化を超えた交際をしてもらいたいものだと思っている。
「会話」Conversation
[料理屋で]
民夫: 先週の週末、電話したけど、いなかったね。どこかに行ったのかい。
メイホア:土曜日の晩、友だちと映画を見に行ったの。
民夫: なんだ、そうか。どうして言ってくれなかったんだい。会えなくて、がっかりしたよ。
メイホア:いつもいっしょだから、たまには他の人と出かけたかったんだもの。
民夫: いつもいっしょで悪かったね。じゃあ、これからあまり誘わないようにしようかな。
メイホア:そういうわけじゃないけど、時々他の人と話しをするのも楽しいもの。
民夫: じゃあ、僕も他の人を誘おうかな。ところでだれと出かけたんだよ。
メイホア:カナダハウスの木村さんよ。一緒に行かないかって誘われたの。
民夫: あいつは、君と僕のこと知っているくせに、いやなやつだな。
メイホア:でもやさしくて、いい人だと思ったけど。
民夫: じゃあ、そんなによかったら、これからあいつと付き合えよ。
民夫: もし僕が他の女性と出かけたら、君はどう思うんだい。
民夫: 本当かな。一度だれか誘ってみるかな。
[喫茶店で]
民夫: さっきなぜあんなことを言ったんだい。木村と出かけたなんて、嘘だろう。
メイホア:
出かけたのは本当だけど、何人かでいっしょに行っただけ。
民夫: なあんだ、そうか。心配させられちゃったよ。
メイホア:だって、あなたに私のこと安く思われたくなかったんだもの。
民夫: そんな風に思っていないから、大丈夫だよ。やきもちを焼かせたかったんだね。
メイホア:ごめんなさい。でも、焼いてくれてうれしかった。
民夫: ばかだな。こっちは本当に心配しちゃったよ。僕はいつも君のことばかり考えているんだから。
メイホア:本当に。でも、男の人って、この間見た「卒業生」という映画の主人公のように行動するんでしょう。
民夫: 何言ってんだよ。そんなの人によって違うよ。
メイホア:そうかしら、あまり信用できないな。
民夫: なあんだ、今度はそっちがやきもち焼いているんじゃないか。
©Norio Ota 2008